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『陽のあたる場所』

柔らかな光の眩しさに逃げるように顔を背け、それから温もりを手繰り寄せるべく手を伸ばす。しかし何も掴めないことにひとつ唸ってうっすらと目を開けた。
ふたりで決めた大きなベッドで至はひとり、真っ白なシーツの上の光を握り締める。


2LDKと3LDKのうち、3LDKのファミリータイプを選んだのは綴だ。
初めはふたり揃って2DKあたりの物件を見ていたもののなかなか決まらず、そこに声をかけてきたのは同室の食えない先輩で。悩んでいるならここも見てくればと出された一枚の紙を手に内覧に行くと、リビングの隣に作られた六畳の和室を綴はすぐに気にいった。
家賃も予算内だし立地も申し分ない。あの先輩はいつからここを探し当てていたのか。至がちらりと伺うと綴はすぐに頷いたのでその場で担当者と契約を交わして引っ越したのがちょうどひと月前————

その綴が気に入っている和室はリビングに入って左。L字型の襖を開け放つと開放感があるそこを覗けば案の定、ぐっすりと寝落ちていた。
綴と折りたたみテーブルとその上のノートパソコンにネタ帳、マグカップ。それしかないがらんとした和室の押入れを開けて、圧縮袋の一番上のタオルケットを取り出す。
それを綴にかけてからキッチン側の襖を閉めた。

ごはんは昨夜セットしてくれたらしい炊きたてがあるし、冷蔵庫を開けば豚汁の残りがある。
そのまま鍋とたまごを取り出した。
たまご焼きくらいなら自分にも作れるだろうとボウルに割って、塩と砂糖と醤油を目分量。たまに盗み見ていた綴のたまご焼きを思い出しながら箸で混ぜていく。
四角いフライパンをコンロにかけて温まってから油をひくとぱちぱちいい音がしだす。そこに溶いたたまごを流しいれるとじゅわ!と一気に熱と香ばしい匂いがひろがった。
確かぐるぐるかき回しながら焼いたらいい、と聞いたことがある。それを頼りにかき回してフライパンを揺らして……折りたたんでいく。
破れた箇所もあるけどまだ巻いていくし大丈夫だろうと作業を繰り返した。

「……焼けてたら全部たまご焼きでしょ」
歪でところどころが焦げて破れ綴が焼くものよりだいぶ分厚くなってしまったけど食べ応えがあるってことで。
次にラップを取り出してその上にごはん、塩を振る。
「あっっっつ!!!」
包んで握ったら熱すぎた。思わず投げ出したそれとしばらく睨めっこしてからまた掴む。
合わせた掌の中でなんとか形を作るもやっぱり歪だった。
粗熱が取れたたまごやきを切り、握ったおにぎりの横に添えてラップをかける。
残りのたまごやきと温めた豚汁にお茶碗によそったごはん。自分の分のおにぎりは諦めた。
ダイニングテーブルに並べて静かにいただきますと手を合わし、真っ先に食べたたまご焼きは綴の味と全然違った。
今日は一日オフの綴をそのまま寝かせて、いってきます。とおでこに唇を合わせる。
起きてたら絶対させてくれないことを寝てるうちに。帰ったらふたりでゆっくりまったりしようとできないスキップもできそうなくらい上機嫌に家を出た。


今日一日オフで、明日から地方の劇場に依頼されて書いた脚本の稽古が始まるからそれに顔を出す予定なのだとは聞いていた。
聞いてはいた。
三日間、それから最終稽古と初演にも顔を出してほしいと言われそれも三日間滞在の予定だと。(ちなみに初演のチケットは聞いてすぐチェックして購入した)
昼過ぎにきた綴からのライムはおにぎりとたまごやきの礼と、予定が前倒しになりこれから地方に向かう、というものだった
「は……?」
いちゃいちゃまったりタイムは?綴が足りない……今朝見たのは綴の寝顔だけ……
スマホを握りしめたまま既読から数分後、やっと絞り出した行ってらっしゃいの文字を打ったらおもいっきり誤字してた。



朝起きた時に隣の温もりを探すことも、お腹を空かせていたらと考えて慣れない料理をしたり、帰り道、見えた部屋の明かりがついているか確認しては一喜一憂することも。ふたりで暮らし始めた中で自然と身についていったな、とふと思う。
綴が地方に行ってから空いた時間に電話をした。数時間話すこともあれば、仕事、打ち合わせや稽古の都合で数分だけの時もある。
『至さん、ちゃんとごはん食べてます?』
「食べてるよ。綴が送ってきた消費期限やばいリストのやつから」
『なら安心っす』
「それは冷蔵庫と俺、どっちのこと?」
『さぁどっちっすかね』
笑う声が心地よくてもっと聞いていたいのに、電話の奥から皆木さん!と呼ぶ声が聞こえてそれに返事をする綴。あぁ、切られるな。
『行かなきゃなんで切ります』
「うん。綴の方こそちゃんとしっかり食べて寝てよ」
『っす』
「……」
『……』
『…………声、ずっと聞いてたくなるんで切ってくださいよ』
「綴が切ってよ」
『じゃあせーのでお願いします』
「わかった」
『ほんとに切ってくださいよ』
「綴こそ」
『それじゃ、いきますよ。せーの』
たぶん耳からスマホを外したコンマ数秒に本音が漏れたであろう綴の『会いたいっす』の一言は、惚れている方が切れないと耳に入れたことがあるように、まったく切る気のなかったそれにダイレクトに届いた。
尊すぎる……会ってぎゅうぎゅうに抱きしめたい。
当初の三日の予定をゆうに超え、すでに一週間は行ったきりの状況でどうなってんだと怒りたいのはやまやまだが、稽古中のトラブル等は起こるときは起こるのだと身をもって知っている。
「てかもう公演日までいたりして……はは……」
音のなくなったスマホを畳の上に置く。
ひとりになってから寝室ではなく和室で寝るようになり、万年床になっている布団に転がった。
圧縮袋から引きずり出したひと組の布団はこの家に引っ越して数日後の来訪者たちが持ち込んだものだ。
『ワタシ、タカミすきネ〜!』
『だれ!?』
『タカミ…たたみか?!』
にこやかなシトロンに綴の声が玄関で響いた。結局四人揃ってひとりひと組持参したものだからその日は和室いっぱいぎゅうぎゅうに布団を敷く。
これまたシトロン発信の枕投げが始まりそれが綴の顔面にヒット。綴にぶつかられた真澄が苦言を零し、咲也がその跳ね返った枕をキャッチする。千景が枕を三つ手にすると至は掛け布団でバリアを作った。クッションと枕と笑い声が飛び交う中くたくたになって結局四枚の布団に六人で眠ったのだ。
翌日の朝、咲也とシトロンが布団を干し、真澄が綴とキッチンに立つのを見て何となく目頭が熱くなったのはたぶん近くで同じように見守っていた千景だけにバレていることだろうと至は考えていた。
至と綴がふたりで寮を出ることを決めた時も、住まい探しに引越しの準備も四人がなにかと声をかけ手をかけ、背を押してくれたのだ。
見やった天井についそれぞれの顔を思いだしてしまい、ふたりには多少広く、ひとりには余りある広さにそっと目を閉じた。

 

それから二日後。すぐ帰るには足が重たくてゲームセンターで一戦交え、クレーンゲームでフィギュアとぬいぐるみをゲットし両手いっぱいに家路へと向かう。今日はこの戦利品と寝るかと考えながらふと見上げた角部屋に明かりがついているのが見えた。
角部屋のそこは紛れもなく自宅でどきりと心臓が音を出す。熱が上がって身体があつい。
足がもつれそうになりながらマンションのエントランスに駆け込む。エレベーターがなかなか降りてこなくてボタンを連打した。
ずいぶん待った気がしたエレベーターの扉が開き切らないうちに滑り込みすぐに閉ボタンと階ボタンを押す。やっぱり時間が長い。
それから戦利品をぼとぼと落としながら玄関の扉を開けようとしてもなかなか開かない。なんで鍵穴入んないの。そしたら勝手に扉が開く。
「おかえりなさい。どうしたんすか。ガチャガチャすごい音なって……って足元に落ちて、」
「……つづる」
綴がいた。
「はい。至さん。おかえりなさい。んで、ただいまっす」
「あ〜〜〜つづる〜〜。ただいま。……おかえり」
綴がいた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめたら背中をトントンあやされた。
あ〜〜綴の匂い。それに混じって油の匂い。
「帰りのスーパーで鶏肉安かったんで今日は唐揚げっすよ。揚げたてがうまいんで食べましょう。ほら」
さっさと靴脱いで。促されて靴を脱いでると玄関扉に挟まったり、袋から飛び出て外に転がったぬいぐるみを拾いあげていく。
「また随分ととって……」
その声は随分久しくて、弾んでいる気がした。

 

柔らかな光の眩しさに逃げるように顔を背け、それから温もりを手繰り寄せるべく手を伸ばす。柔らかな感触に薄く目を開ければ、同じようにカーテンの隙間にかかる光から逃れるようにしかめられた顔がある。
ふたりで決めた大きなベッドの上で、なかなか掴めなかった暖かさを抱き寄せた。

同棲というひとつの門出に夢が詰まりすぎていて、

様々なふたりを拝見できると思うとわくわくです!

今回、素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。

 

け~

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