今日も明日もただいまを、そしてくちづけを。
いるだけで気持ちが安らぐ。そう思える場所があるというのは幸せだなとつくづく実感する。
それは以前は皆木家であり、団員寮であり、今は至さんと同棲しているこの家だ。
2人で微睡んでいたある日、至さんは同棲を提案してきた。俺はすぐにでも同棲したい気持ちがあったのでそれを伝えると、俺が学生であることや、卒論でバタついていることを気にかけてくれていた。
「あと一年、この寮での暮らしを楽しんでから同棲しても悪くないでしょ? 綴」
そうやって愛しい人に微笑みかけられて拒否できる人がいたら教えてほしい。
(本当に顔がいいんだから、この人は)
「この一年で同棲準備進めなきゃっすね。そうと決まれば卒論何ページでも書いてやるっす!!」
こうしてあっという間に葉星大学卒業まで駆け抜けたのであった。
「いってきます」
一流商社マンとして今日も至さんは出社する。それはこの一軒家に同棲してからも変わらない日常だ。ただ、一つ変わったことといえば……。
「ほら、つ、づ、る?」
「む……。いってらっしゃい至さん」
未だ慣れない頬へのいってらっしゃいのキスだ。彼は俺からするこのキスに満足してから歩き出す。後ろを振り返ると仕事に行きたくなくなるらしく、彼はキスをされてからは一度も振り向かない。
(少しくらい顔見せてくれてもいいだろ、俺ばっかり照れて恥ずかしい)
至さんが仕事に行っている間に近所に買い物に行ったり家事をこなしたりするのは俺の仕事だ。そして至さんが「今後も期待してますよ? 綴先生」なんて言いながらこだわって用意してくれた書斎は、今では俺の執筆スペースでありお気に入りの部屋だ。
本棚もデスクもPCも至れり尽くせりな環境で恐れ多いのだが、彼は彼で最高のゲームと配線環境を整えているらしくお互い様とのことだ。二人で過ごすこの家には俺たちらしさがいっぱい詰まってる。キッチンだってオープンキッチンでお互い話しながら料理ができる。あれこれ二人で考えた甲斐があったなと思う。
大学を卒業してからも俺はMANKAIカンパニー専属脚本家として籍を残すこととなった。至さんは最近出世して忙しそうにしているが春組に在籍中だ。今は秋組と冬組が地方公演に行っており、夏組は『花の王子さま』の再演中だ。初演の時よりも王子らしく成長した椋を初めとする夏組の皆にファンは熱狂しているらしく軒並みチケットは完売だ。
春組はというと稽古の日々である。基本朝練や夜練が多いが相変わらず和気あいあいと咲也とシトロンを筆頭にハイテンションだ。そして俺と至さんの同棲を認めてくれて応援してくれる大切な家族だ。今俺が書いている春組公演の脚本も楽しみにしてくれていて食事や睡眠の心配をされる。そのなかで俺は、面白そうと衝動で書いているメモを参考にしながらストックしたネタとにらめっこしながら書斎に籠り執筆に燃えていた。
「さて、今日も頑張りますか!」
俺は書斎にあるPCを起動させた。
いつまで集中していたのだろう。また昼を食べ逃した。あっという間に陽が傾きLIMEの通知が光っていた。
『昼、ちゃんと食べるように。至さんとの約束だからよろ』
至さんが昼休みに送ったであろうLIMEがあった。もうとっくに17時だ。
『今気づきました……。すみません』
慌てて返事をすると即既読がついた。
『ほんと綴は夢中になっちゃうんだから。晩御飯は一緒に食べよ? あと30分くらいで会社出るから。今日のメニュー楽しみにしてる』
『分かりました』
もうそんな時間かと改めて時計を確認して冷蔵庫を覗く。この時間なら夕方特売もやっているだろうか。買い物準備をしてささっと必要なものだけ買いに走った。
「綴、ただいま」
夕食を作っていたところで玄関から彼の声が聞こえた。
「至さん、おかえりっす」
フライパンから手が離せない俺は廊下に向かって声を飛ばす。
「んー? この匂いはオムライスかな」
「正解っす!卵安売りしてたんで。はい、ケチャップです」
服装を整えて席に着いた彼に手渡すと不服そうにこちらを見つめる。
「えー綴にハート、描いてほしいんだけど」
俺は彼のこの甘えた目線に弱い。顔がいいことを存分に活かしているのがまたタチが悪い。
「しょうがないっすね……特別ですからね?」
「そう言って毎回描いてくれる綴のこと、大好きだよ」
「……う、勘弁してほしいっす」
からかう彼のせいで真っ赤に染まった頬に気付かぬふりをしてオムライスにハートを描いた。
「んー! 綴の料理独り占めできるのってやっぱり恋人特権だわ。マジ最高」
「褒めても何も出ませんよ~」
「ちょっとくらい照れてくれてもいいじゃん? あ、明日はピザがいいなぁ。トッピングは綴スペシャルで」
「はいはい、いつものやつっすね。コーラも準備しとくっす」
「さすが俺の綴」
食事を終え片付けようと立ち上がると不意に至さんが腕を引っ張る。
「ちょっ……どさくさ紛れにキスすんのやめてくださいよ」
「だってここには綴しかいないし? これも同棲のメリットだよねぇ……はぁ最高だわ」
(至さんが帰ってきてから翻弄されてばかりで悔しい。俺だって至さんのこと好きなんだからな)
そう思ってから俺は悪戯を仕掛ける子供のようににっこりと笑う。
「やられっぱなしで済むと思ってませんよね?」
自由の利くもう片方の腕で彼の頬を辿り、温かな熱を彼の唇に重ねる。
「っ……綴!? え? 何? ご褒美?」
「ただいまって言われたのにおかえりのキスできてなかったんで。これで仕返し終わりっす」
「お兄さんこれじゃ足りないなぁ……。今日は接待頑張って契約もぎとってきたし恋人からのご褒美もらってもいいと思うんだけどな」
「……至さん、よく頑張りました」
その後軽く触れた唇は何度も触れた後、甘やかなリップ音を残して名残惜しく離れた。
「はぁ、いっぱいキスしてもらったし明日も仕事頑張れるわ」
「明日はピザが待ってるっす」
「じゃ今日は早く寝て、明日の仕事頑張ったらまたご褒美貰っちゃおうかな」
「明後日のデートのためにも頼むっすよ?」
「当然。美味しいお酒と愛しい綴が待ってることだし、ね?」
お風呂に入り、寝る準備を整え睦言を交わしている時間が幸せだ。外で彼がどう働いているかは知らないけれど、今、俺は彼を独り占めできる。そっと彼にすり寄ればぎゅっと抱きしめてくれた。執筆疲れもありこのまま夢の世界へ旅立ってしまいそうだ。
「おやすみ、綴」
そう聞こえた声を最後に俺は意識を手放した。
「おはよ、いってくるね」
支度を整えた彼にいってらっしゃいのキスをする。今日も早くただいまを聞かせてくださいよ? ピザを焼きながら待ってるっす。あ、もちろんおかえりのキスしてあげますからね。
『今日も明日もただいまを、』に参加させていただきありがとうございます。真希と申します。
私なりに至綴アンソロジーのタイトルである『今日も明日もただいまを、』の後に何が続くだろう……?と考えて書いていたら脳内で毎日キスしてる2人が浮かんで作品のタイトルとさせていただきました。同棲したら絶対書斎とゲーム部屋!オープンキッチン!と私なりの妄想と捏造が大爆発しており甘々ハッピーエンド大好きなので糖分たっぷりでお届けできていたら幸いです。
実は至綴書くの初めてなのですが、温かい目で見守っていただければ幸いです。参加者様見た時は至綴の神々だ!と思い恐縮しっぱなしでしたが参加を受け入れてくださった主催のさま様ありがとうございました!とても楽しかったです。
どうかウェブアンソロジー楽しんでいただければ幸いです。またご縁があればよろしくお願いいたします。
真希