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やさしい料理

「綴がしんどいとき、俺無力だったよね」
「いや、なんでですか。色々してくれたじゃないですか」
「あんなの看病のうちに入らないでしょ」
「入りますって。俺は嬉しかったです!」

 脚本に根を詰めすぎてつい熱を出し、倒れたことがある。
 至さんは慌てて、レトルトのお粥や身体にやさしいものを買い込んできてくれた。
 それから、額を冷やしたり、寒気のする俺に自分の布団を重ねてくれたり。至さんが判りやすく心配そうな顔してるのってわりとレアだなと思ったけど、これで結構面倒見いいんだよなあ、とも思った。実際は目が回っていたから、そんなことを考えたのも後から思い出してなんだけど。
 別に手作りじゃなくたって、レトルトのお粥だってけっこう美味しいし。
 体調悪いと、実際味わってる余裕ないときもあるし。
 それよりも、俺の方こそ仕事休ませちゃったのは申し訳なかった。徹夜はしないよう、あれからだいぶ気をつけてる。何かの話の弾みでそう零したら、真澄にはやっとかと呆れた顔をされた。あいつには1番迷惑をかけた気がする。
「あの。ほんと、弱ってる時そばにいてくれたのとか、嬉しかったっす。ありがたかったんで。無力とか言ってほしくないです」
「うぐ……」
 至さんが胸元を掴んで唸った。何……?
「俺の綴が尊い」
 ……至さんのこういうとこは、相変わらず、よくわからないままだ。

 

 そんなわけで、至さんはある日、自分の夜食として唐突にお粥を作り始めた。
 まだ引きずってたのかよ。
 正直びっくりした。
 至さんには言えないけど、あまり負担かけたくないから、いざという時に備えて、俺自分でレトルトのおかゆストックしたんだよな……。でも、自炊出来るようになるのは、至さんの為にもなる。そう思って見守ることにした。
 教えましょうかって言ったけど「俺がお粥を作るときは、綴が弱ってるときでしょ。だから、お粥を作る工程に綴を組み込むわけにはいかない」って、真剣な表情と変な理屈でお断りされた。覚えたら俺を工程から外せばいいんじゃないのか。至さんのこだわりポイントって俺と全然違う。俺は作れたらけっこう何でもいいんだけど、至さんは過程も大事にする人のような気がする。
 最初は「何これまっず」「うわーないわー」って低く呟いては、夜食として自分で食べてた。俺にも少し下さいって言ったら、まだ綴に食べさせられるターンじゃないって、またお断りされた。
 まずくたっていいのに。
 至さんは凝り性で真面目だ。
 今はそれほどでもないけど、昔のあの面倒くさがり振りも、裏を返せば、始めたらきっちりやらなきゃ気が済まない性分だからだろう。きっちりやったら自滅するから、放置していたんだと思う。
 そこをいくと、俺はある程度形になっていればいいタイプだし、失敗したらそれはそれ、誰かに迷惑かけてなきゃ、まあそういうときもあるよなーって割り切るな。

 それからしばらく、至さんの夜食には自作のお粥が続いた。
 俺が起きていなくても、脚本を書いていて部屋に引きこもっていても、洗い終わっている鍋でわかった。袋麺を食べていた可能性もあるけど。
 このまま、ジャンクフードをこよなく愛する至さんの健康指数が上がることを願った。
 片手じゃ足りない程の回数を重ねたあたりから、薄味のお粥を作ってるはずなのに、やけに食欲をそそる匂いがするようになった。我慢出来ず、いい加減、そろそろ俺にも分けて下さいよって再びお願いしたら、少し考えた後に、「いいよ」って俺の前にも湯気の立つお椀を置いてくれた。
「今日は、雑炊」
「わーいただきます! ……って、お粥作ってたんじゃないんすか。俺ノーマルのお粥まだ食わせてもらってないんですけど」
「ノーマル極める前に、ちょっと口が飽きまして。最近は少し寄り道」
「はあ……。まあ、じゃあ、とりあえず、いただきます!」
「はい。どうぞ」
 至さんが出してきてくれたレンゲで、ほこほこツヤツヤの雑炊をすくう。とろりと半熟の卵が滴った。
 鼻先に近づけると、出汁と醤油の良い匂いが漂う。
 熱い気配に、そろそろと舌の上へお招きした。
「……はふ。……んー。至さん。これ、うまいっす」
「……まじか。ちょっとそんな予感はしたよね」
「こんなおいしいの1人で食べてたとか、ずるくないっすか」
「ずるいとか。ウケる」
「ちょっと、次から残しといてくださいよ。俺も夜食に食べたい」
「人のこと言えないけど、夜更かしする気満々よなー皆木先生は」
 至さんは嬉しそうに笑って、けれども夜更かしする俺を心配してか、人差し指で俺の目の下を優しく撫でた。雑炊はあっという間に目の前から消えたので、おかわりをねだった。
 それから時々、至さんは夜食を分けてくれる。

 しばらくして体調を崩し、初めて、ある意味満を持して正統派の至さんお手製お粥を食べたときは、感動して、弱ってるせいもあってかボロボロ泣いた。
 その時の至さんの表情がどんなだったかは、あふれてくる涙の向こうにあってよくわからないまま。
 ただ、頭を撫でてくれた手の優しさは憶えている。

 

 お粥をマスターして満足したかと思いきや、至さんは「綴に手料理、効果は抜群~」と不穏な歌を歌い、今度は休みの日限定で朝食を作ってくれるようになった。特に、味噌汁にはこだわりがあるみたいだ。出汁とか。やっぱり凝り性なんだな。
 俺は面倒くさいから、出汁をとっても出汁パックからで、急いでいたら化学調味料も使う。
 和食派なんすかって聞いたら、わかりやすく胃袋掴めそうだし、ほっとするから「綴にあれ飲みたいから早く帰ろ」って思ってほしい、と真顔で言われてこっちが照れた。そういうとこですよ至さん。
 あと俺、基本在宅なんで。
 むしろ至さんが早く帰ってこい。

 さらにしばらくすると、今度は休日の夜に、定番の洋食を作るターンってやつが来て。今までは鳴らない限り見向きもしなかった会社の携帯を手に、キッチンに立っていた。
 その珍しさに「忙しいなら無理しないで下さい」って止めたところ、会社の同僚の人が、オススメのレシピを教えてくれたのだと言う。職場で、料理のネット記事を見ていたのがきっかけらしい。
「同僚さん、ですか」
「うん。あんまり凝ったのは出来ないって言ったら、簡単なやつでも味付次第でぐっと良くなるからって」
「そう、ですか」
 思わず手元を覗きこむと、おそらく本名で、おそらく女性のアカウントからレシピが送られてきていた。至さんを警戒させない程度にはさっぱりした文面。
 勘繰りすぎか。
 しかし。
「レベル低くても、装備とスキルの組み合わせでどうにかなるならさあ。……ん?」
「そっすね」
「綴?」
 至さんがスマホから目線を上げて、俺の方に姿勢を正した。
「至さんが料理してくれるの、ほんと助かってるっす。俺、出来るまでちょっと脚本進めて来てもいいですかね」
「いいけど。いや、ちょっと待って。こっち見て綴」
 目を合わせたら誤魔化しきる自信がない。
 ツッコまれる前に退散しようとリビングテーブルの椅子を引いたら、廊下にルンバが見えた。今やすっかり我が家の一員として、勤勉に動き回っているかわいい奴の後ろ(?)姿。
「あーあいつもよく働きますよね。俺の部屋ドア開けてたかな」
 自室の方へ視線を投げ、そのまま一歩踏み出そうと重心を傾けたのに、ゆるく手首を掴んで引き留められる。たったそれだけで、なぜか歩き出せなくなった。
「こら、綴。ルンバについて行こうとしない。ほら、こっち見ろって」
 茶化してくれた方がよかったのに。
 意外なほど、真剣な顔してくれなくても。
「嫌だった?」
「……まあ、嫌ですけど。いいんです、これは」
「良くないよね? それって」
「良くはないけど、いいんです。はあ……情けな」
「なんで。嬉しいけど。でもごめん」
 わりと本気で嬉しそうだから救われてしまって、さらに反省の気持ちが湧いてくる。
 こんな些細なことで焼きもちなんて焼いてしまうのはどうなんだ。付き合って何年経つのか。
 むしろ最初の頃、俺は焼きもちなんて焼いたことなどなかった。
 至さんだぞ、モテて当然だよなーくらいに構えていたというのに。
「最近、焼くようになってきたな。焼きもち」
「……ですね。ほんとこれ、駄目な気がする。うわー嫌だなー」
「ごめんて」
「そうじゃなくて。自分がっす」
 ちょっと頬が熱くなってきた。
 あれ、料理大丈夫なのかな。火は止まってる。至さんの手はひんやりとしていた。俺を引き留める為に、食材触ってた手、いつの間にか洗ってくれたのかな。
「あのさ。恋人が焼いてるからって、言うよ。」
「料理が好きな人の、善良なアドバイスだったら。俺ものすごく、頭のネジ緩い奴じゃないすかね。至さんの恋人像、そんなんで大丈夫ですか」
「恋人像って何それ。俺の恋人、綴でしょ。それより、売れっ子脚本家の皆木先生なら、その気持ちがどうして出てきたのかの自己分析、お済みですよね?」
 にこっと美しく微笑んだ至さんに、この人最初から、これを言わせるつもりだったなとわかる。
 意地が悪い。
 自分で掘った穴だ。仕方ない。
「……俺が最近、あんたのこと。俺の男だって、実感してるからですかね……!」
「花丸、大正解~」
 両頬をおさえられて、俺はいよいよ降参し、両目を閉じるしかなくなる。

 

 未開の地へ冒険の旅に出るように、未攻略のクエストに挑むように。
 至さんが時々料理をする日々は続く。
 最近は、贅沢に休日の時間を使って、煮込み料理をすることにハマっているようだ。
「ほんと、凝り性ですよね」
 至さんは、もう普通に、料理が上手で顔の綺麗なサラリーマンになった。
 エリート商社マンで演技が出来て、大事なことだから二回言うけど顔が綺麗で、さらに料理上手ってヤバくないか。
 至さん、運動苦手でよかったな。ダンスレッスンのときとか、めちゃくちゃ練習してて大変そうなのはあれだけど。かわいくてけっこう、好きなんだ。
「凝り性ってほどか? まあ周回は基本だし、スチルの差分も全部集めたい派だけど。サブクエも攻略したいし……わりとやり込み系なのか?」
「自覚薄いな」
 癖なのだろう、小首を傾げる至さんにつられて、俺も頭を傾けた。
 あんな考察ブログまで書いておいて、わりとも何もないだろう。
 同じ角度で傾いたまま、至さんの表情が優しくなる。
「ちなみに、俺が極めたかったのは」
「わぷ」
 鼻を摘ままれて、思わずぎゅっと目をつむる。
「料理じゃなくて、綴の胃袋掴むことだから」
 パッと目を開けたら、至さんがにやりと笑っていた。
「そこんとこ、よろー」
「……はあ。ガッチリ掴まれてますよ、とっくに」
 ずるいんだほんとうに、この人は。

もう何年も小説を書いていなかったのですが、また書こうと思わせて下さった至綴と、
こちらの企画と、主催のさま様、参加される皆様へ感謝申し上げます。

カウントダウンに登場させたルンバが意外にうけたようでしたので、

ちらっとですが再登場させてみました。
ああして日々、至さんと綴の生活を見守ってくれたり、

不用意に至さんが床に置いた物と家具の間で挟まって動けなくなったり、
痴話喧嘩に巻き込まれたりしているのだろうと思います。

2人で暮らし始め、相手にとっての自分の存在についてひっそり色々考えている至さんのお話でした。
同棲アンソロ大好物です。
参加させていただき、ありがとうございました!

 

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