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茅ヶ崎至の主夫曜日

 

「ん……朝か……」
目が覚めて枕元の時計に手を伸ばすと時刻はもうすぐ10時になるところだった。
今日は月曜日。平日だ。いつもなら会社に出勤しているこの時間に目覚めたわけで、確実に遅刻だって大慌てになるところなんだけど。今日は代休を貰っているので全く問題はない。なんなら二度寝しても許される。
昨日は日曜出勤で残業までして頑張ったからね、至さん。今日はいっぱい休日を堪能しますよ。
 
「って言うか目覚まし時計止められてるし」
休みだけど一応8時半にセットしていた筈の目覚まし時計は設定時刻には鳴らなかったらしい。
目覚まし時計に気づかないくらい爆睡していたわけでも、壊れていたわけでもない。誰かが止めていったからだ。ってその誰かは1人しかいないんだけどね。俺と一緒にこの家で暮らしている恋人の綴ただ1人だけ。
「朝ご飯くらいは一緒に食べようと思ってたのに……」
どうやらその綴は俺がセットした目覚まし時計を止めて、俺が寝ている間に出掛けてしまったようだ。
 
その証拠にいつも隣に寝ている綴の姿はなく、既に時間が経過しているのかシーツもひんやりと冷たい。
これが仕事で疲れているであろう俺をゆっくり寝かせてあげようと言う綴の優しい気遣いだと分かってはいるけれど、なんだか少しばかり寂しい気持ちにもなる。
「まー仕方ないか。俺だけじゃなくてアイツも寂しいだろうしし、残念に思ってるだろうから」
綴がどんな気持ちで目覚まし時計を止めて先にこのベッドを出て行ったのか想像すると。胸がぎゅっとなって今すぐ綴を抱きしめてやりたくなる。
 
「はあ。起きるか」
仕方がないので綴の代わりに綴の枕をぎゅっと1回抱きしめて、俺は起き上がりベッドを出た。
この家で綴と暮らし始めてどれくらいの月日が経過しただろうか。
大分2人きりの生活にも慣れてきた。そりゃあ人間だから喧嘩もするけれど、それなりに日々仲良く楽しくやっている。
「あ、朝ご飯作ってくれたんだ……いいのにわざわざ」
寝室を出てリビングへ向かうと机にはラップをされた卵焼きとシャケが置かれていた。隣には手書きのメモを添えて。
 
『至さんへ
おはようございます。朝ご飯作っておいたので温めて食べて下さい。
お味噌汁とご飯もあります。しっかり好き嫌いせず食べて下さいね。
今日は本当にすみませんでした。行ってきます。
綴より』
 
「言われなくても全部残さず食べるっての。綴が作ってくれたんだから」
いつもなら「先に顔くらい洗って来て下さいよ」って怒られるけど今日は綴がいないのでこのまま食べてやる。電子レンジにシャケと卵焼きを突っ込んで、その間にご飯をよそって、味噌汁を温める。
うん。いい匂い。今日も美味しそうな朝ご飯だ。
「いただきます」と手を合わせて朝ご飯をいただく。
 
「ん!卵焼き、チーズ入ってる。それに味噌汁、俺の好きな豚汁風のやつじゃん。シャケも甘口だ」
俺の好きな物ばっかりの朝ご飯にしてくれた綴。めちゃくちゃ嬉しいけど、これは俺への「お詫び」の意味もあるんだろうなってすぐに察した。
どうして綴が俺にこんな「お詫び」をしているのか。それは昨日の事が原因だろう。
昨日、残業を終えて家に帰るといつも笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれる綴の笑顔がどこかぎこちなかった。これは何かあったな?とすぐ気付いた。綴はすぐ顔に出るから。
 
だから俺は出来るだけ優しく笑顔を返して「ただいま。何かあった?」と尋ねてみると。綴はハッとした顔を見せた後すぐ頭を下げて言った。
「あの、ごめんなさい。明日、急遽打ち合わせが入っちゃいました」
「マジかぁ公演近いもんね。打ち合わせおつ」
「折角、一緒に出掛けようって話してたのに」
「いいよいいよ。忙しい時期だし仕方ないって。あんま無理すんなよ?」
「ありがとうございます。本当にすみません」
 
俺は日曜出勤が決まり月曜代休がわかった時すぐに「綴、ここの月曜。もし綴もお休みに出来そうなら久々に出掛けない?デートしようよ」と誘っていた。
基本土日祝が休みの俺と違って大学卒業してから脚本家業に本腰を入れ始めた綴は基本不定休。
団員にまだ学生が多い事もあり土日祝は稽古が入りやすく、綴も俺も寮へと出向く事が多い。となれば平日に有給を使うか今日みたいな代休を使う方がお互い時間を合わせやすい。
 
一緒に暮らしてるんだから、ほぼ毎日顔を合わせているわけだけど、やっぱり休みに1日同じ時間を共有するのは何だか特別な感じがする。だから俺はその時間が大好きだった。
それは綴も同じなようで俺に合わせて月曜日に時間を作ってくれていたんだけど……打ち合わせじゃあ仕方ない。綴はうちの看板脚本家だからね。打ち合わせを重ねてより良い舞台を作り上げて行く事はとても大事なんだよ。
 
「俺と仕事どっちが大事?」なんて聞こうとも思わないし、まず思わない。
俺だって綴の書く話が凄く好きだし、今回の話も綴からあらすじを聞いた時点で既にめちゃくちゃ面白そうで公演が楽しみだったから。綴を責めようなんて一切思わないよ。
「そんな顔しないの綴」
「でも……久々にお休みが合ったのに」
「また合わせればいいじゃん。俺は明日1日ごろごろしてゲームして休みエンジョイするし」
いやーそうかー綴くんはお仕事かー可哀想にー。なんて煽るように言えば、綴は「なんすかそれ。ちょっとムカつくんすけど」と言ってやっとクスクスと笑ってくれた。
 
 
 
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
そして朝から打ち合わせの為に出て行った綴が残した「お詫び」の朝食を俺は有難く綺麗にたいらげてキッチンへ食べた食器を運んで行き、洗う。いつもは俺の方が先に仕事へ行くし、脚本の執筆期間中は家に缶詰状態の事が多い綴が基本的に家事をしてくれている。
別に出来ないわけじゃないよ?ただ「俺がやった方が効率いいんで」って綴に言われるからお言葉に甘えさせて貰っています。マジで出来た嫁でしょ?うちの綴。
 
でも、今日はね。いつもと逆で綴が仕事に行き、俺が家にいるので。
1日中ごろごろしてゲームをするのではなく主夫・茅ヶ崎至として頑張ろうと思いますよ。
こう見えて寮に入るまでは1人暮らししていたから料理も洗濯もそれなりにはしていた。まあ、多忙時期は毎日コンビニ飯で洗濯物はクリーニングにしちゃってたけど。大丈夫だよ。やれば出来る子だから至さん。
「んじゃ着替えたらまずは洗濯機回して、天気いいし布団も干すか」
 
いつも綴が干してくれる布団、凄くふかふかで気持ちがいい。
俺がふかふかの布団にダイブすると、綴も一緒に隣にダイブして「お日様の匂いがしますね」って嬉しそうに言うのが可愛くて仕方なかったりする。
「今日もお日様の匂いになって戻って来いよ。布団くん」
ぱふぱふと軽く叩いて喝を入れてやり、ベランダに布団を干す。
 
部屋を決める際に綴が「ここだと風通しもいいし日も当たるし洗濯物が乾きやすそう」と言っていたのを覚えている。
アイツの選択手段がさ、洗濯物が乾きやすい間取りだとか、近くに安いスーパーはあるかとかなの。結構現実的だなって思うんだけど、
「だってこれからずっと生活するんだから大事じゃないすか」
なんて言われたらなんも返せないよね。だってそれって綴はずっとここに俺と居る事を当たり前に思っていてくれてるって事でしょ?そんなに幸せで嬉しい事ないじゃんか。
 
そうして選ばれた俺と綴の我が家。既に綴との思い出がいっぱいだし、これからもいっぱい思い出を作っていくつもり。
「さてっ布団干し終えたし。少し休憩したらスーパー行くかな」
いつも14時からタイムセールが行われる綴御用達の家から徒歩7分にあるスーパー。野菜の詰め放題が特に楽しいと綴は言っていた。アイツの野菜詰めスキル凄いよ?よくそんな本数入ったねっていつも思うから。
「あ。冷蔵庫の中、確かめてから行った方がいいよね」
何か足りないものがあるかも知れないし。ついでに買うのにメモしとこうかな。
あ、なんか今の凄く主夫っぽくない?ぽいよね。って自画自賛するけどさ。俺のこんな姿、劇団の奴らが見たら驚くんじゃないかな?特に丞と紬ね。
 
2人とは今でも定期的に飲みに行っている。それこそ俺が綴と付き合う前から色々知ってるから気兼ねなく話せる気の知れた友人達である。……と言っても基本的に俺の味方と見せかけて綴の味方だけど。
「2人で暮らすんだから。ちゃんと綴くんのお手伝いしてあげなよ?至くん」
「そうだぞ茅ヶ崎。いつか愛想つかして皆木が寮に戻って来るかも知れないからな。俺達は大歓迎だが」
「うん!綴くんの大皿料理が恋しいなぁ 」
「いやマジおそんな未来ないからね?!俺が綴の事も、綴の料理も全部独り占めするし、綴に愛想つかされないよう全力尽くしますんで」
 
綴は世話焼きで気遣いの塊みたいな奴だから年下、年上関係なく慕われて愛されていた。寮を出る時も、咲也やシトロン、他の学生組だけじゃなく同室だった真澄まで寂しそうにしていた。
真澄が「ねえ。本当に出てくの?」って少し寂しそうな顔して綴に言った時の綴の揺らぎまくっていた顔は今でも忘れない。恐るべし真澄。
それでも綴は俺と居ることを選んでくれたし今こうして共に日々歩んでくれている。その綴を大事にしないわけないじゃん。
 
「うーん。綴孝行したいけど、これは怒られるかなぁ」
スーパーでカゴを持ち、食材や調味料を入れ終えて最後、レジに行くというところで立ち止まる。
300円するお高いアイスが今日はなんと250円。50円も安いんだよ?まあ、それでも高いんだけど。
「俺のポケットマネーだとしても怒るかなぁ。100円のアイスで十分ですって言いそうだけど……あー……よしっ!買うか!」
今日も頑張ってる綴に何かご褒美してあげたくて俺は自分に100円のアイス、綴に250円のアイスを買うと決めてカゴに入れた。
 
綴がたまに「今日はご褒美の日です」って夜ご飯にピザとコーラとポテトを出して来る事があるんだけど。きっと綴もこうやってカゴ持って俺の事を考えて悩んだりしてくれてるのかな?そうだとめちゃくちゃ嬉しい。
なんだか今日は1日、俺の知らない綴の日常を辿ってるような気持ちになる。
布団がふかふかになるよう願掛けをしながら布団干して、靴下裏返しじゃん!俺、脱ぎ捨てて洗濯機に入れたな?って文句言いながら洗濯干したり、スーパーで綴の好きなやつ見つける度にカゴに入れたくなったり、綴もいつもこうしてるのかな?と思う度に綴が愛おしくてたまらなくなる。
 
「会いたいなぁ……」
綴もいつも俺に会いたいとか思ってくれてんのかなぁ。思ってて欲しいな。
俺は仕事に行ってる時も綴、今何してるのかな?早く帰りたい。早く会いたいなって思ってるし。それと同時に帰った先で綴が俺の帰りを待っていてくれると思うと堪らなく幸せになる。
はあ。会いたい。綴、何してるかな?打ち合わせ終わったかな?なんて考えているとポケットの中の携帯が震えた。
 
「ん。なんだろ?まさか会社からとかだったらころ……っ!」
ポケットから取り出して万が一の可能性を考えながら携帯を開き、俺は思わずニヤけてしまった。予想は外れたみたいで一安心したけど。これはヤバい。ニヤけるでしょ。だって……
『至さんに会いたくて打ち合わせ早く終わらせました!今からマッハで帰ります。今日も後少しですけど、一緒に過ごしましょう』
って綴が可愛いLIME送ってくるんだもん。
 
エコバッグに買ったものを詰め込んで。俺は足早に家を目指す。徒歩7分の距離を徒歩5分に縮めてやるよ。早く綴に会いたいからね。綴も俺に会いたいと思ってくれている事が嬉しい。
さて俺が先に着くか、綴が先に着くか。どっちが先に家に到着するか勝負だ綴!と勝手に勝負しながら歩いていると、俺達が住むマンションが入口が見えた辺りで勝敗が見えた。
どうやらこの勝負は引き分けになるようだ。
 
「綴!!」
「?……あっ至さん!買い物行って来てくれてたんすか?」
逆方向からマンションに向かってくる綴が見え、丁度入口で鉢合わせした。
「綴、遅いかもしれないと思ったから。俺が夜ご飯用意しようと思って……と言っても半分くらい出来合いのお惣菜だけど」
「ふはっ、俺あのスーパーのお惣菜大好きなんで嬉しいっす。でも至さんの手料理も食べれるなら、あれが食べたいです。肉と野菜の中華炒め」
「そのつもりで食材買って来てるよ」
「やった!楽しみ」
 
俺が作れる数少ない料理の1つ。肉と野菜の中華炒め。言うてフライパンに肉と野菜突っ込むだけなんだけど綴は調味加減が上手くてご飯が凄く進むといつも喜んで食べてくれる。
「じゃあ部屋戻ったら準備するか……?綴もなんか買ってきたの?」
「あ。これすか?……実はさっきコンビニに寄ったらいつもより安くて。思わず買っちゃいました」
「!!」
綴が照れ臭そうに手にぶら下げていた袋の中身を見せてくれて俺は驚く。だってそこに入っていたのは。
 
「いつも至さんに高いから買わないでって言っちゃうんすけど。安くてつい……あ!でも俺のは100円のやつなんで安心して下さい」
俺が先程、綴にご褒美って買ったお高いアイスだった。
「至さんの好きな味見つけたんすよ。いつもお仕事頑張ってる至さんへ俺からのご褒美っす」
って俺と同じ事、考えて買ってんの。あまりにも愛おしすぎない?ヤバい。ニヤけがとまんない。
 
「?ちょっと、なんで笑ってるんですか。俺なんかついてます?」
「ごめんごめん。そう言うのじゃなくてさ、実はさ……俺も買ったんだよね」
そう言ってエコバッグの中のアイスをちらりと見せた。綴はそれを見てから俺の顔を見てふにゃりと笑って言った。
「あ。俺の好きなやつだ」
「うん。俺から綴へのご褒美と思ってね?俺はこの100円のやつ」
「考えてること同じっすね」
「2つもアイス食べれちゃうとか大ご褒美じゃんか」
「めちゃくちゃテンション上がるやつですね」
2人で顔を見合わせてクスクスと笑い合った。ああ、マジで幸せだな。
 
「やばい。今すっごい綴の事、抱きしめたいわ」
「俺も。同じ事を思ってました」
「帰ろっか。俺達の我が家に」
「はいっす」
差し出した手を綴がぎゅっと握り返してくれる。2人きりのエレベーターの中だから出来る秘め事。
「部屋ではふかふかになる為に干されてる布団くんも待ってるから」
「最高っすね。お日様の匂いになってますかね」
「彼の事だから大丈夫。きっと良いお日様の匂いになっているよ」
「楽しみです。色々してくれてありがとうございます」
「こちらこそ。いつもありがとうございます」
 
我が家に戻ったらまず、抱きしめて、キスして。それから布団を取り込んで、2人でふかふかの布団にダイブして。そうしたら綴と一緒に夜ご飯作って……あっ、そうだ。その前に大事な事、忘れてた。
「ね、綴」
「なんすか?至さん」
「今日もお疲れ様。おかえりなさい」
「はいっ。ただいまっす!」
 
今日も明日も、ただいまを、
 
……

至綴「同棲」WEBアンソロジーの発行おめでとうございます。

共に暮らしている2人の様々な姿をこっそりと覗き見出来るようでなんだか凄くワクワクします。

企画を立てて下さった主催のさま様にも大感謝です。本当に有難う御座います。

 

やまだず

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