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きょうから同棲

「寮を出ます」
 そう言った綴に弾かれるように顔を上げ、「俺もー」と茅ヶ崎が間延びした声を上げる。
 それじゃ意味ないでしょ、と綴は困ったように笑ったが、翌日からふたりで物件を探した。
 人生の経験値は低い。成人した男性ふたりでルームシェアをすることが世間一般ではふつうのことなのかわからない。それでも、綴が拒絶しないのをいいことに、茅ヶ崎は彼とのふたり暮らしを始めた。

 葉星大学を卒業した綴は、まもなくフルール賞受賞候補にまで名を上げたMANKAIカンパニーの専属脚本家となり、役者として舞台に立つことはなくなった。同様の時期に、役者としての限界を感じていた茅ヶ崎や卯月らはカンパニー退団を決断し、若手の役者を受け入れた劇団はどんどんと大きくなった。
 退団を期に再度ひとり暮らしを始めなければ、と重い腰を上げかけたとき、綴は夕飯のメニューを告げるかのように、みんなが揃った談話室でそう言った。
「そっか、綴くんも22だもんね。どこか物件は決めてる?」
「や、まだっす。できれば劇場から近いほうがいいなとは思ってるんすけど」
「初のひとり暮らしだもんね。物件選び付き合おっか」
 反対する者はおらず、立花と綴の話はトントン拍子に進んでいく。ふたりが連れ添って不動産屋で話す姿を想像して、渦巻いた気持ち悪い感情が湧き上がってくるのを感じた。
「俺もー」
 遮るように顔を上げ、立花の言葉に続ける。向けた薄ら笑いはうまく愛想良くできていただろうか。綴は困ったように笑ったが、理由も聞かずに快諾してくれた。

「うん、いいとこじゃん」
 MANKAI劇場から歩いて10分ほど。新築ではないが築年数もそんなに長くない。ゲームと、執筆のできる環境がほしかったから2DKの間取りはお互い譲らなかった。家賃も相場ほど。そこそこ満足のいく部屋を借りることができたと思う。
「荷物少ないね」
「至さんもあんま変わんないっすよ」
 自分たちよりひと足先に到着していた荷物を整理していく。それなりに持ってきたつもりだったが、よく見れば生活するうえで必要最低限のものしか持ってこなかったようだ。まるで、いずれここを出ることがわかっているみたいだ。
(わかってんだけどね)
 茅ヶ崎はてきぱきと荷物を仕分ける綴を見やった。
 茅ヶ崎が綴と一緒に住みたい理由と、綴が茅ヶ崎と一緒に住む理由は違う。大家族で育ってきた彼のことだし、寮での生活も長かった。他人と住むことに特別な理由などないのだろう。
「綴」
「なんすか?」
「いま脚本どんな感じ?」
「急ぎはないっす」
「おけ。じゃあ、家事分担しよ」
 綴が化け物でも見るかのように目を見開いた。顔には「あの至さんが」と書いてある。
 茅ヶ崎がつい吹き出すと、綴はバツが悪そうに頬を掻いた。
「俺も三十路に片足突っ込んでるしね。ほら、寮に入る前はひとり暮らししてたから、ひと通りはできるよ」
「仕事と劇団であんま余裕なさそうだったから忘れてた……」
 茅ヶ崎の提案で、お互い急ぎや締切の近い仕事がなければ、炊事は綴、掃除は茅ヶ崎、洗濯は溜まったのを気づいたほうが行うことになった。
 とはいえ、茅ヶ崎はいまだに残業がおおい。繁忙期には日付を過ぎるころに帰ることも少なくない。いつしか、家事のほとんどを綴が担うようになった。
「ただいまー……」
「おかえりっす」
 ぱたぱたとスリッパの音が近づく。出迎えた綴は、久しぶりっすね、と笑った。
「ほんとごめん、俺が家事分担言い出したのに、綴にばっか負担かけてる……」
「仕事なんだからしかたないっすよ」
「お前も仕事してるじゃん……」
「在勤なんで」
 きょうは炒飯すよ、と再びリビングへ戻っていく。その後ろ姿はいやな素振りなど一抹も見せない。
「綴さ」
「んー?」
 彼のあとを追い、ジャケットを脱いでソファに鞄を置く。ほかほかの炒飯をテーブルに置いた綴は、茅ヶ崎を見あげた。
「ルームシェアやめよっか」
「えっ」
「そもそも、綴が寮を出るって言ったときにルームシェアの話持ちかけたのが失敗だったんだよね。俺は仕事でほとんど家のこと手伝えないし、お前に負担かけるのわかってたのにさーー」
「本気、すか」
 気まずくて。オタク特有の早口を遮って、食い気味に綴が低い声で拳を握りしめた。
「なんで俺が至さんとルームシェアするの受け入れたかわかりますか」
「……わかんない。特別な理由はない、って、思った」
「はー……」
 なにか気に障るようなことをしても、大抵は困ったように笑うか諭す程度で、実際に怒ったところなどほとんど見たことがない。滅多に激しないからこそ、憤りを覚えた彼の怒りは静かなるものだった。
「怒ってますか……」
 茅ヶ崎が怯えたように声を出すと、綴はきっ、と音がするくらい茅ヶ崎を強く見やった。
 今度は、綴が早口でまくし立てる番だった。
「怒ってます。あのとき、ひとり暮らしするつもりで監督に話したのに、わざわざあんたの提案聞き入れたんすよ? 世間的にも男のふたり暮らしはあんまり体のいいもんじゃないでしょうが。ここまで言えばさすがのオタクでもわかると思いますけど!」
 はあ、と息を切らした綴は赤くなった頬を隠すようにうつむいた。対し、茅ヶ崎はう、だとか、え、だとか、声にならない声をあげている。
「つづる」
「……なんすか」
「俺、都合のいいようにしか取らないよ」
「そうしてくれって言ってんです……すきっすよ、至さん。あんたがティボルト演ってたときから、ずっと」
「俺もね、綴。お前の脚本がおもしろいって感じたときから、お前のことすきだよ」
 綴が顔を傾ける。
「きょうから同棲っすね」
「ふーん、えっちじゃん」
「……雰囲気ぶち壊し」
「ごめんごめん」
 告白はゲームで見たようなロマンチックなものでも、運命的なものでもない。
 けれど、ふたりの生きるこの空間にふさわしい。

 

ふたりがくっつくまでの過程がすきなので、お話として書かせていただきました。
こんな時代ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 

りま

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