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二人で暮らすということ

​パタパタとキーボードを打ち込んでいた手を止めて、綴は一つ大きな伸びをした。
 一段落というわけでもないが、少し休憩をしようと空のマグカップを手に立ち上がると、そうっと部屋のドアを開ける。
 時刻はそろそろ午前2時。自分にとってはまだこんな時間か、だが世間一般では真夜中なので、きっと一緒に住んでいる彼(同居人と言うと怒られそうだが、同棲している恋人とはっきり言うのも気恥ずかしい)はとっくに寝ている時間のはずだ。
 だが、綴の予想に反して、リビングの灯りが煌々と点いていて、思わず「あれ?」と声をかけてしまう。
「至さん? まだ起きてるんすか? つか、部屋じゃなくてリビングでしてるんすか?」
 一緒に暮らす事になってまず決めた事は各個人の部屋を確保するという事だった。せっかくなので寝室は1つにしたいところだが、それぞれにどうしても個室が欲しいという理由もある。
 綴は脚本を書くための部屋が、至はゲーム部屋と言ってしまうと身も蓋もないのだが、彼の数多あるゲームハード本体とゲーミング用にカスタマイズされたPC、配信用の器材などが詰め込まれた部屋が必要なのだ。
 綴が執筆活動中は当然のように至も自室に篭ってゲーム三昧だと思っていたし、そのつもりで各自の部屋を持てる間取りにしたのに、至は自室ではなくリビングのソファに寝転びながら携帯用ゲームにいそしんでいる。
「おつー。まあ明日は土曜だしね。綴は? ネタ詰まりでもした?」
 ここで「終わったの?」と訊かないあたりが、執筆ペースを把握している至ならではである。
「まあそんなトコっす。ちょっとコーヒーのおかわりに」
 そう言って、インスタントコーヒーをなみなみとマグカップにいれる綴に、至は少し間をおいてから「ねえ」と声をかける。
「まだ余裕あるなら、ちょっと座っていけば?」
 素っ気ない言い方の癖に甘えているようなそのセリフに、ほんと把握されてるなあと苦笑しながら、綴は頷いて至の隣に座る。
 実のところ徹夜が必要なほど切羽詰まっているスケジュールではない。強いて言うなら後々の「マジでヤバい事態」を軽くするためだ。そんな綴の状態を見抜いている至に敵わないなあと綴は思う。
「今度は秋組の脚本だっけ。どんな話?」
「タイムスリップで現代に来た未来人の話で、歴史改変を企むテロリストとそれを阻止しようとする戦いに現代人が巻き込まれるっていう……」
「何ソレ超好み。相変わらず秋組用の脚本が俺の好きそうな話すぎてズルいんだけど。なんでそういうの春組でやんないの?」
「いや、春組のカラーじゃないでしょ、これ。だいたいアンタ秋組並みのアクションできないでしょうが」
「そこをなんとかするのが脚本の力じゃん」
「ていうかこういうのにすると見せ場全部千景さんが持ってきますけど、それでもいいんです?」
「あー、それはちょっと微妙というか悔しいというか……」
 その場を想像したのか、とたんに渋面をつくる至に、そんな顔すらカッコイイんだからズルいのはどっちだよなんて思いながら、綴は「はいはい」といつものように宥めるような相槌を打つ。
「至さん用の話はちゃんと至さん好みにする予定なんで、安心してください」
「まあ、俺のリクエストだからね。好みじゃなかったら逆にヤバいよね」
「そこですよねー。まだリサーチ不足は否めないので、ご協力お願いします」
 そう言って二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
 そうしているうちにいつの間にか、綴のマグカップの中身が冷めてしまっていた。その暗褐色の液体眺めながら、綴は「ひょっとして……」と口を開く。
「俺の事、心配してくれてました?」
 リビングでのゲームもこんな会話も、至がいつも通り部屋に篭ってしまえば出来ない事だというのは歴然で、だからこそこれが至なりの気遣いだと解る。
「そりゃね。食を忘れるにはまだちょっと早いかなとは思ったけど、寝るのをそろそろ忘れそうな時期だし」
 寝食を忘れて書くという行為に没頭するのは決して褒められたものではないが、それが新生MANKAIカンパニー旗揚げの「ロミオとジュリアス」からずっと続けられていて、まるでルーチンのようなものだから、綴のその行動を誰一人として咎めたり改めさせようとしたりしなかったが、心配するのは当然の事だ。
 何せ最終的にはあの劇団総監督以外は無関心だった碓氷真澄が、自主的に食事の世話をしていたのだから余程の事なのだ。
「あー、すんません。なるべく迷惑はかけないようにするんで……」
 周りに人が溢れていた頃と違い、今は至と二人だけだ。脚本という自分のフィールドで至に迷惑をかけるわけにはいかないので、これからは自己管理を心掛けようと綴がそう言うと、至は何故かあからさまにムッとした顔になって、手を手刀の形にするとトスっと綴の頭に落とした。
「イテッ! なんすかいきなり」
「それはこっちの台詞。なんなの、綴。その言葉は」
 そう言う口調も当然不機嫌そうで、綴はいきなりの変化に「はぁ?」と混乱する。何が地雷だったのかさっぱりわからない。
「あのね、綴」
 至は身体ごと綴に向き直るとじっとその目を見つめながら話す。
「二人しかいないんだから、頼りなさい」
「え……でも、至さん、会社あるし、忙しいだろうし……」
「そんな事はどうとでもなるからいいんだよ。それより、せっかく恋人と二人で住んでるのに俺が知らないうちに飯食わないで倒れるとか、そっちの方が嫌なの! それじゃ一人暮らしと何も変わんないでしょ」
 強めに言われて、綴は驚いたようにパチパチとまばたきを繰り返し、戸惑うように「だって……」と小さな声で返す。
「だって、それじゃ俺ばっかり至さん頼ってるみたいで……」
 頼るのはいつだって年下の自分だ。年上の彼は何でもスマートにこなしてしまい、自分が支えるまでもない。それがいつも綴には歯痒い。頼れる存在になりたいのに、こうして二人暮らしになっても、そのバランスが直っていないのが悔しい。
「俺は綴を頼ってるよ」
 だから、不意のそんな事を至に言われて「へ?」と綴は顔を上げた。至近距離に至の整った顔があって、もう見慣れたはずなのにドキリとする。
「頼れる相手だと思ってなければ、一緒に住んだりしないし、愚痴も零さないし、甘えたりしない」
「嘘だ。至さん、甘えてないじゃん」
「甘えてんの、あれでも! でも年上としてカッコイイとこも見せたいの! むしろ甘えないのは綴でしょ。もっとベッタベタに甘えていいのに全然しないし、正直俺は寮に居た頃真澄が綴の食事係やってたの、滅茶苦茶羨ましかったし、嫉妬してたからね! せっかく二人きりなんだから、それくらいやらせてよ。俺だって綴に餌付けしたい!」
 身も蓋もない言葉に「えぇ~」と綴は喜んでいいのか引いていいのか判らなくなったが、たぶんこれが知りたかった至の本心の一部なんだと気付く。
「……餌付けって」
「真澄がそう言ってたし、まあぶっちゃけはたから見ても餌付けにしか見えなかった」
「割と酷い」
「でも俺はそれがしたい」
「物好き」
「今更」
 そうでなきゃ一緒に暮らしたりしないし、それは綴も同じことだ。手がかかるようで、なかなか隙を見せてくれない人の、弱いところも面倒くさいところも全部が見たくて、一緒に暮らし始めた。
「じゃ、俺、部屋に戻りますね」
「うん」
 冷めたコーヒーを持ったまま、綴はソファから立ち上がった。今日はあともう一回くらいコーヒーを入れなおして、それが無くなった頃に一度寝ようと思いながら。
「俺、夢中になっちゃうとけっこうそれ以外を忘れがちで」
「だよねー」
「だから、俺が部屋に篭ってたら、至さんはいつでも部屋に入ってきていいですから」
「うん」
 別に鶴が機を織っているわけでも、女神が岩戸を閉ざしているわけでもない。ただ、ノートPCに向かっているだけの状態を、こんなに大切に思ってくれている人に隠す必要なんてどこにもない。
 廊下へ続くリビングのドアを開けながら、綴は至を振り返った。
「俺の事、宜しくお願いしますね」
 そう言って、照れくさそうに笑ってちょっと早口で言う綴の言葉は、まるでプロポーズの返事のようで、至もその照れが伝染したかのように少し頬を赤らめる。
「勿論。まかせて」

FIN

この度は至綴のWEBアンソロに参加させていただき有難うございます。
テーマが同棲ということで、ハッピーエンドとハッピーエンドの続きが

大好物な私はウキウキのノリノリで書かせて頂きました。
甘え下手な綴くんも至さんも、同棲すればお互いに甘えるようになるのかなとそんな感じの話です。
普段PixivやTwitterでは至綴の作品自体はあまり上げてないうえに、参加される方々が皆様素晴らしい方ばかりで、お恥ずかしいのですが、至綴愛は年々深まっていくばかりなので、こうして書かせていただけたことが何より嬉しいです。
皆様の幸せに溢れている至綴を拝見できるのをイチ至綴ファンとしても楽しみにしております

 

 

瑞穂

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